教員情報(橋本 直人)

氏名・職名 橋本 直人(はしもと なおと,Naoto Hashimoto)准教授
メールアドレス nhashimo [at] person [dot] kobe-u [dot] ac [dot] jp
取得大学 修士(社会学)(一橋大学)
研究分野 社会思想、社会学史
[学部] 担当 国際人間科学部 » 環境共生学科 » 社会共生科学プログラム
[大学院] 担当 人間発達環境学研究科 » 人間環境学専攻 » 環境形成科学系, 社会環境論
研究者情報 神戸大学研究者紹介(KUID)
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研究紹介

近代的理性の同語反復的な「殻」を内と外からうがつために

私の研究には大きく二つのテーマがある。一つは、M. ウェーバーを中心とするドイツ社会学史において、合理性概念に基づく近代社会像と歴史像が形成された過程の分析である。もう一つは、フランクフルト学派のTh. アドルノと、ポスト・コロニアル理論のE. W. サイードとの接合による、近代的理性に抗する「他者」の視点の理論的な精緻化である。そしてこの二つのテーマは、「理性は非理性ならざるが故に理性的である」という近代的理性の同語反復的な閉塞を打破し、人間と社会の新たな捉え方を探ることにつながってゆく。こう述べると、ポストモダンの時代に「理性批判」など古臭い、と思われるかもしれない。だが、米同時多発テロ後に「我々の側かテロリストの側か」という二分法と排除の暴力が吹き荒れたように、我々は今なお理性/非理性という二分法に基づく近代的理性の同語反復に囚われている。だとすれば、近代的理性の批判と克服はなお未完の課題なのである。厄介なのは、近代的理性への批判が、ともすれば人間の思考全体への不信に転化しがちなことである。反ユダヤ主義の根底にある「対象化的思考」をアドルノが「精神に巣くう宿命的傾向」と歎じたとき、またサイードが「我々/彼ら」の二分法による敵対関係を「回避する道があるのか」と戸惑うとき、我々は彼らとともに近代的理性批判の袋小路に直面している。この袋小路に直面して、恣意的に「理性の他者」を持ち出さず、逆に近代的理性の立場に開き直りもせず、批判を遂行することが私の課題である。そしてそのためには、一方で近代合理主義の内部構造を精緻に分析する必要があるし、他方で近代的理性の「他者」の視点をより鋭利にする必要がある。つまり、近代的理性の「殻」を内と外から同時にうがつ必要があるのだ。ちょうど、卵からヒナがかえるとき、ヒナとその親鳥が内と外から卵の殻をうがつように。

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