研究道場特別講義 報告

IT導入によって数学の教授・学習は本当に変わるのか?:動的幾何環境の場合 報告

講師
辻 宏子(明治学院大学教授)
日時
2019年7月29日(月)15:10~
会場
鶴甲第2キャンパス A427(A棟4階)
報告
 本講義では,数学教育学をご専門にされている辻宏子先生にお越しいただき,「IT導入によって数学の教授・学習は本当に変わるのか?:動的幾何環境の場合」というタイトルでお話を伺った。
 数学教育へのIT導入は,教授・学習で利用される新しい道具の出現にとどまらず,認識論的なレベルから数学教育に変革をもたらすことが期待されていた。動的幾何環境の実現はその一つである。
 動的幾何環境とは,次のような特徴をもつ幾何学的な探求の場を提供するコンピュータ環境の総称である。まず,動的幾何環境では,基本的な対象(点,直線など)と基本的な関係(平行,垂直など)を中心としたメニュー項目の選択・組み合わせによって図を構成する。次に,構成された図はマウスを利用し連続的に変形することができる。この機能による図形の変形においては,構成のプロセスで定義された関係が保持されるため,幾何学的な概念が「不変性」として可視化される。
 講義の中で,この動的幾何環境を実現するソフトウェア「GeoGebra」を実際に体験させてもらった。今回は「ひし形」を作図する体験をした。頂点の位置を決める際,円の中心,円周上の点,垂直などの関係を使って定義をしていく。そのプロセスによって任意で置いた点と関係によって定義される点が決まる。作図した後,任意で置いた点を自由に動かすと,図形が変化するのだが,作図プロセスが違うと,「ひし形」の特徴がなくなってしまったり,過度な定義になってしまったりする。試行錯誤を繰り返し,正しいプロセスを見つけ出すことで,「ひし形」という図形においての変わるものと変わらないもの(不変性)を視覚的に捉えることができた。図形の性質を形ではなく関係として理解できるということを体感できた。
 現在,日本の算数・数学教育では,図形の作図を指導する際に,「形」に焦点が当たってしまう場合が多いが,欧州では,要素間の関係に着目することが多いらしい。図形を要素間の関係で捉える事は,幾何学での証明に繋げるために重要な概念である。
 辻先生によると,動的幾何環境を使うことによって,学習者が図(drowing)と図形(figure)を区別しやすくなるという研究結果もあるが,学習者の図形の認識と作図活動の関係を分析し明らかにする事は,まだ課題として残っているという。
 本講義では,動的幾何環境という新たな学習がITの導入によって実現できるという事,また,それによって学習者の幾何学的な概念の認識を変えられる可能性がある事を学んだ。テクノロジーの発展が,学び方をよりよく変化させられる,そんな思いをもたせてもらえる講義であった。
(人間発達専攻 M1 青木良太)

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アダプティブ・ラーニングにおける教育コンテンツの効果的な活用- 報告

講師
長濱 澄(東京工業大学特任助教)
日時
2019年11月7日(木)17:00~18:30
会場
鶴甲第2キャンパス A427(A棟4階)
報告
 本講義では,教育工学をご専門にされている長濱澄先生にお越しいただき,「アダプティブ・ラーニングにおける教育コンテンツの効果的な活用」というタイトルでお話を伺った。アダプティブ・ラーニング(適応学習)とは,学習者一人一人の学習進度や習熟度に合わせて学習コンテンツや学習方法を提供する仕組みのことで,最近の事例では人工知能を活用し,膨大な学習データを解析して最適化を行っている。
 講義前半では,学習者は,活動的―内省的,視覚的―言語的など,それぞれの学習スタイルを持っており,それぞれの特性に合わせた学習支援を行うことが大切であるということについて,実際に自分の学習スタイルを調べながら,様々な研究事例を通じて学ぶことができた。
 講義後半では,アメリカ,中国,日本のEdTech(Education * Technology)事例について,算数や国語などのドリル的なものから,大学の大規模公開オンライン講座といったものまで,多種多様な事例をご紹介いただき,大変興味深かった。また,このような学習スタイルに合わせた様々な学習コンテンツが生まれるなかで,教育者に求められる役割も変化しているのではないかというお話は,教育工学研究だけではなく,教育研究にも影響する大きな流れだと感じた。そのなかで,長濱先生が,教育に関わる人をソムリエに例えて,「ソムリエは良いワインを作っているわけではなく,その人の今の気分にぴったりのワインを紹介するのが仕事。そんな風に,教育に関わる人にも,学習者の個別性に合わせた,より良い学習法を提案する,より良い学びへと導く能力が求められるのではないか」とおっしゃっていたのが印象的だった。
 最後に長濱先生の最新のご研究についてお話いただいた。生体情報を活用したエビデンスをもとに学習支援システムを開発されているということで,学際性の大切さや面白さについて教えてもらった。講義全体を通じて,教育工学研究とは,最善策・最良策を探究する教育研究に対し,ニーズがあれば,最善・最良ではなくても,そこの質を高めようという方向性を持って研究されるものであり,学習環境をコーディネートするものであるということ,また,教育にテクノロジーを活用することの可能性を実感することができた。最新の研究,実践事例に触れながら,これからの学びの在り方について考えさせられる大変貴重な機会であった。
(人間発達専攻 M1 髙橋あおい)

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教科教育研究の根源的な問いについて考える-理科教育の事例から-  報告

講師
磯崎 哲夫(広島大学大学院・教授)
日時
2019年11月11日(月)15:10~16:40
会場
鶴甲第2キャンパス A427(A棟4階)
報告
 本講義では,広島大学大学院教授である磯崎哲夫先生にお越しいただき,理科教育の事例から,教科教育研究の根源的な問いについてお話をうかがった。
 本講義では,教育研究は必要かという問いから始まった。教科教育は,専門的実践と政策立案二つの面があり,そのどちらの面も大切である。専門的実践は明日すぐ使うことができる研究だが,政策立案は明日すぐには使うことができない研究だ。だが,専門的実践は明日すぐ使えたとしても明後日には使えるかは分からない。また,政策立案は明日すぐには使えなくても明後日には使うことができるかもしれないと磯崎先生はおっしゃられた。
 講義の前半では,教授学習の研究はHowを問う研究であり,歴史,哲学である史哲に関する研究はWhyを問う研究であるというお話から,教科教育の研究に対するアプローチをお話しいただいた。史哲に関する研究と教授学習の研究それぞれで議論するのは,教育システムなどの制度システムか,その中で行われているリアルな営みである。それぞれの研究で,解明するためにはどのようなアプローチが必要か考えなければならず,資料を読む際には誰が書いたのか注意しなければならない。さらに資料はどのような資料かについて気にかける必要がある。資料を書いた人物はどのような人物か,どのような思想を持っているか考えなければその資料を生かすことができない。さらには,間違った選択をしてしまう可能性がある。また,教育事象の史哲研究の方法に,古典的方法がある。それには通史と問題史(特定の教育事象の史哲展開)がある。しかし,問題史は通史を知っておかなければ歴史の流れが分からないため分析することができない。「今」を調べていたとしても,「昔」はどうなのかどうか流れを見なければ理解することができない。
 講義の後半では,比較教育についてお話しをうかがった。社会科学で使われていたアプローチを使うと今まで見えなかったことが見える。教育文化,教育に対する国家の感様を見る際,2つの文化間の相互作用を見るよりも,3つの文化を見る方がより適切に測定でき,それぞれの国の特徴が分かる。また,研究の見る角度について茶筒での比喩的な話もされた。自分のアプローチは「こうである」と強く主張するべきであり,茶筒を真上から見るか,真横から見たかどうか,また茶筒自体を見るか,茶筒の中身を見たかについてアプローチを強く主張する必要があるというお話は大変興味深く聞かせていただいた。
 本講義では,教科教育について改めて考え,見つめなおすことができる貴重な時間であった。また,研究のアプローチについての重要性やそれを主張することによる必要性を意識することができる講義内容であった。
(人間発達専攻 M1 伊藤みずほ)

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ICT技術を応用した身体化デザインの成果と課題 報告

講師
久保田善彦(玉川大学・教授)
日時
2019年11月22日(金)15:10~16:40
会場
鶴甲第2キャンパス  A427(A棟4階)
報告
 本講義では,久保田義彦先生にお越しいただき,「ICT技術を応用した身体化デザインの成果と課題」というタイトルでご講演いただいた。身体化デザインとは,身体感覚や運動が認知処理に影響するという身体化認知の理論を応用して,教材や学習活動,学習環境を設計する方法である。久保田先生は,身体化デザインとICT技術を組み合わせて「天体」の学習を支援するアプリを開発されており,講義では,それらのアプリを体験しながら,これまでの成果と課題,身体化デザインを用いて教材開発を行うときのポイントについてお話を伺った。
 例えば,中学校理科「季節の変化と日周運動」を支援するアプリは,指定された日時の太陽の軌道を予測し,その方向にタブレット端末を向けると画面上に太陽が現れる。太陽の動きに合わせてタブレット端末を動かして,太陽を連写し得点を競うゲームである。実際に体験してみると,太陽の動きに合わせて身体の向きや手を上げる角度を変える必要があり,季節の変化による日の出日の入り位置や南中高度の違いを,ゲームを楽しみながら身体の動きを通して理解することができた。このアプリは当初,太陽の軌道を追いかけるだけの設計であったが,期待する成果が得られなかったため,学ばせたい内容を焦点化するとともに,身体を動かしながら能動的に予測できるようゲーム化したところ,日の出・日の入りの理解が劇的に向上したそうだ。この他にも,「月の満ち欠け」の学習を支援するアプリでは,天体を立体化しただけでは効果のなかった層に対し,視点移動のための支援機能を開発するなど,実践結果を反映しながら改良を加えていく過程をご紹介いただいた。
 久保田先生が開発秘話のなかで度々,「上手くいくと思うでしょ。ところが全然上手くいかなかったんですよ。それで……」と楽しそうにお話されていたのが印象的であり,「残念な結果が続いてがっかりすることもあるが,それがきっかけで新しい概念の発見や新たな試みにつながることも多い。上手くいかなかったところをしっかり分析すること,そして,少しでも早くスタートすることが,研究を進める上で大切ですよ。」というお言葉で締めくくられた本講演は,研究の難しさと面白さについて知ることのできる貴重な機会であった。
(担当 M1髙橋あおい)

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学術Weeks企画シンポジウム サイエンスコミュニケーションの未来 報告

講演者
小川 義和(国立科学博物館・連携推進・学習センター長)
講演者
楠 房子(多摩美術大学 教授)
講演者
本研究科大学院生
日時
2019年12月13日(金)17:30〜19:30
会場
鶴甲第2キャンパス D-room(A棟1階)
報告
多摩美術大学の楠房子先生からは,デザインの視点からのサイエンスコニュニケーションのあり方についてお話をいただいた。聴覚障害をもった人でも楽しめる人形劇や,子どもの学習を支援するマンガを使った博物館展示などインクルーシブデザインの考え方を取り入れたプロダクトの研究について詳しく知ることができた。国立科学博物館の小川義和先生からは,これからのサイエンスコミュニケーションと博物館についてお話をいただいた。「見せる展示」から「見る展示」への転換,専門家と非専門家の「対話モデル」から様々な立場の人をつなぐ「ネットワークモデル」への転換など,実際の小川先生の取り組みからこれからの博物館の姿について考えることができた。(担当 M1青木良太)
本シンポジウムでは2名の先生にご登壇いただき「サイエンスコミュニケーションの未来」についてお話を伺った。楠房子先生からは博物館の子ども向けデジタルコンテンツの開発事例をご紹介いただきながら,開発のねらいとそれを実現するための理論や技術,開発にあたって大切にされたことや苦労されたことなどを教えていただいた。小川義和先生からは,サイエンスコミュニケーションが誕生した背景やイギリスと日本との違いなど高い視点からお話いただいた後,国立科学博物館での取り組みについてご紹介いただいた。サイエンスコミュニケーションについての歴史的な流れと最新の動向,コンテンツ開発の実際を知ることのできる貴重な機会であった。(担当 M1髙橋あおい)

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